都心から10分。電車に揺られ下北沢の遊歩道を歩くと、目に入ってくるのは都会の喧騒を忘れるような閑静な住宅街とお屋敷風の旅館。昔からそこにあったかのような佇まいを目指してつくられたのが「由縁別邸 代田」だ。 旅館のある世田谷代田は、かつて代田七人衆が開墾し製茶業で栄えたまち。高級住宅街の印象も強いが、江戸時代から続く伝統行事が現在も継承されているなど、実は歴史と共存しているまちでもある。古くからの住民同士のつながりも強いエリアの中で、まちに溶け込むような旅館でありたい。その一心で開業以来、まちに開かれた旅館を運営してきた。 そんな旅館が、ひょんなことからまちの浴衣をつくることに。浴衣を通して、このまちに住む人、そして旅館の想いが浮かび上がった。

世田谷代田に受け継がれる盆踊り

夏の風物詩ともいえる盆踊り。やわらかな提灯の灯りとともに人々が一つの円となって踊るその様子は、まちが一つになる瞬間だ。 盆踊りはその時代、そのまちごとに異なり、まちの文化や歴史を色濃く映す。
世田谷代田で40年以上にわたり愛され続けてきた盆踊りだったが、2020年の新型コロナウイルス感染症の拡大により、存続の危機にさらされた。そんな中、思いを受け継ぎ発足したのが、「代田盆踊りの会」だ。まちでの活動を中心に、ご当地音頭の普及や日本文化への関心を深める地域の多世代交流に力を入れている。そんな代田盆踊りの会から、由縁別邸 代田にとある相談が舞い込む。

なぜ温泉旅館がまちの浴衣をつくるのか

「長く活動していく中で経年劣化してしまった浴衣を一新したいけれど、買い替えの資金がなく困っています。盆踊り会のスポンサーになってもらえませんか?」

まちの歴史の一部ともいえる代田盆踊りの会の危機に対し、単なる資金面での支援でなく、まちへの貢献がどこまでできるか。「もっとワクワクできること」「まちの体温を上げること」という、日頃からUDS HOTELSが大切にしているものづくりの原点に立ち返り、既製品を購入するのではなく、このまちらしい浴衣の制作をすることを提案した。

「お話をいただいた時、とても嬉しく思いました。一般的には、ホテルがまちにできると嫌がられることも多いですよね。だからこそ、まちへ貢献したいという思いがずっとあります。もっとワクワクできること、まちの体温を上げることという、日頃からUDS HOTELSが大切にしているものづくりの原点に立ち返った時に、既製品を購入するのではなく、このまちらしい浴衣をオリジナルで制作をすることで、このまちに還元できるのではないかと思って提案しました」と支配人の室住さん。

まちの記憶を織り込んだデザイン

浴衣デザイン 「世田谷代田らしさとはなんだろう?」浴衣の制作においても、盆踊りの会の皆さんと何度も何度も会話を重ね、世田谷代田だからこそ成り立つ、時を重ねても愛される普遍的なデザインを模索した。

世田谷代田駅から続く、遊歩道をのんびり歩くまちの人。そのまちの景色となった旅館のファサード。夜になると、旅館の建具が灯りに照らされ浮かび上がり、一層印象的な遊歩道の景色となる。道行く人たちが「いつもの風景」として見慣れた、旅館の夜の姿を図案化することで世田谷代田をデザインすることに決定。 かつて茶畑が広がっていた世田谷の歴史を紐解き、茶人の間で好まれていた間道(かんとう)文様というよろけ縞をベースとしながら、江戸で昔から好まれていた縞柄や格子柄のオマージュとした。

浴衣には様々な柄がある中で、今回の浴衣制作では、伝統的な盆踊り用浴衣と同じく絵羽浴衣を採用。絵羽浴衣とは、肩から袖、裾まわりなど浴衣全体が一つの絵になるように模様が入った浴衣を指し、格式高い浴衣の一つとしても知られている。 印象を大きく決める浴衣の色は、踊った際に遠くからでもその美しさが際立つよう、コントラストの美しい藍色を取り入れ、伝統的な盆踊りの品格を守りつつ、世代を超えて誰もが袖を通したくなるようなモダンで洗練されたデザインに仕上げた。

つくる背景へのこだわり

この特別な一着を形にするためには、どこでつくるかにもこだわったという。コストを優先した海外での生産ではなく、日本有数の浴衣産地である静岡県浜松市で形にしたいと検討するものの、なかなか条件の合う工場を見つけることができず断られてしまう。初めてのアポイントから半年以上経ち、ようやく60年以上の歴史を誇る染めのプロフェッショナル「武藤染工株式会社」で生産することができた。

使用する布は、全長約720メートル。そのすべてを、職人が専用の型を使って一枚一枚手作業で色をのせていく「手捺染(てなっせん)」という技法で染め上げる。

蒸し、水洗い、乾燥。いくつもの工程を経て、人の手によって出来上がっていく布に見られる機械プリントでは決して出せない色の奥行きや、手仕事ならではの濃淡やにじみは一点ものだ。

「和服=京都のイメージが強いですが、実際には地方でその技術が継承されていることはあまり知られていません。そうしたまちの産業、地場の手仕事や技術を伝えていく一助となればと考えています」とデザイナーの鈴木さん。 こうした一人一人の思いがつながり、これまでの世田谷代田の歴史を丁寧に紐解きながら、代田盆踊りの会の新しい浴衣が完成した。

浴衣がまちに戻るとき

1年以上の対話を重ねて仕上がった浴衣が、ようやく代田盆踊りの会の皆さんの手に。手に取った瞬間、皆さんの表情がパッと華やぐ。「やっぱり夜に映える白と藍色の色合いは特別。今年の夏はこれを着て踊るんだね」ーー手渡された浴衣を優しくなでる眼差しと込み上げる笑顔は、まちへの熱い想いそのものだ。浴衣に袖を通すと、これまでの話し合いの数々がフラッシュバックし感情が溢れ出したという。「仕立ても本当に綺麗。肩当てや居敷当て、丁寧な裁縫からきちんとしたところで作ってもらったと分かります。本質的なデザインで旅館を作りだす皆さんだからこそ、私たちの思いをこうして浴衣にも落とし込んでくれたと思います」と盆踊りの会・本多さんは話してくれた。

そして、2026年7月17日から19日に開催された納涼おどり大会で、まちの皆さんへ浴衣が披露された。「今回のお披露目会もまちの人に宣伝して回りました。由縁さんが作ってくれたんだよと言ったら皆見にいくねって言ってくださって」ーーまさに地域と旅館が紡いできたつながりそのものだ。 初日はあいにくの雨模様だったが、世田谷代田駅にはまちの人、旅館のスタッフ、観光客と大勢の人が集まり、代田ダイダラボッチ音頭などを一緒に踊った。

浴衣を通して見える、旅館とまちの関係

由縁別邸 代田と代田盆踊りの会が生み出したこの浴衣は、古くから続く世田谷代田という歴史と風景、そしてそこに残る祭りの伝統を守りながら、新しさを吹き込んだ浴衣となった。 「ホテルがまちにできることは常日頃から考えていて、今回は浴衣が形になって本当によかったです。様々な意見をまとめながら形にした経緯や、ここに至るまでの想いや出来事を思い出し、盆踊りの会の方も涙を流してくださって、時間をかけてつくった甲斐があったと思います。これからも奢ることなく、いつも支えてくださるまちの人への感謝は忘れずに、まちへ溶け込む旅館でありたいです」と室住さん。この浴衣はこの先何十年も暮らす人と訪れる人をつなぎ、盆踊りの文化とともにまちの風景のハブとなっていくはず。まちのこれまでに寄り添い続ける由縁別邸 代田は、単なる宿泊の場ではなく、まちの笑顔と物語を共につくりだす場所だった。


由縁別邸 代田

東京・代田

都心から10分で山里の温泉地に訪れたようなくつろぎを
文学者や芸術家に愛された地で時と風土を慈しむ

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